2003年8月

イブが死んだ夜



何も知らないエイヴァ(一緒に働いている見習い学生)がジャスミンと母馬のジーナを連れて畑から戻ってきました。イブが死んでしまったことを伝えると彼女はショックを受けました。
ハーネスを取り外されたジーナは、空きのストールに残されたイブの死体に気づかず放牧地に出て行きましたが、自分の子馬がいないことにすぐ気づき、放牧地で子馬を呼び始めました。子馬を呼び続ける母の声に胸を締め付けられるエイヴァと私は、子馬をジーナに見せようと決め、子馬の亡骸を放牧地まで引きずっていきました。放牧地に横たわった亡骸はまるでただ眠っているだけのようでした。子馬のにおいを感じ取ったのか、放牧地の下った位置にいたジーナが丘を駆け上ってやってきました。夕暮れの深い緑色の牧草地を駆け上ってくるジーナの鬣がとても美しくみえました。ジーナは明るい金色のウエーブのある鬣を持っていました。
子馬の亡骸に鼻面を近づけるジーナ、子馬からはなんの反応も得られません。それから空気の匂いを念入りに嗅ぎました。子馬は今、冷えた汗と尿の強いアンモニア臭を放っていました。母は蹄でそっと子馬に触れましたが、それでも子馬は動きません。亡骸のそばにたたずみ、私たちをじっと見つめるジーナ、「何かおかしい、どうしてこの子は起きないの?」と尋ねているようです。ジーナは子馬に起こった悪い出来事と私たち人間の過失を繋げることができません、私たちに怒りを持つことはできません。その後、しばらくジーナは子馬のそばにとどまっていましたが、やがて、横たわるイブの亡骸を残して、仲間のいる放牧地へ降りていきました。
その日ご主人は馬の餌になるグレインの収穫のため、夜遅くまで畑から戻ってきませんでした。ご主人が帰ってくるまでイブの亡骸を処理することができず、私はご主人の帰りを庭に出てまっていました。
遠くではジーナの子馬を呼ぶ声が聞こえています。亡骸のもとは去りましたが、彼女はまだ生きた娘を探していました。野菜を運ぶ台車の上に座ってイブに起こった悲劇を繰り返し考えているうちに、あたりは暗くなって空には星が見え始めました。私は暗闇の中に小さな光が現れ始めたことに気づきました。蛍です。生後2週間足らずの小さな命が消えた日の夜に、草むらに神秘的な光が漂いました。