2003年6月

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6月7日
フーラ、スタリオンに襲われる。
つづき
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その瞬間、ぽけっとたたずんでいたフーラにディガーが歩み寄りました。母親のインギが急いで我が子からディガーを離そうと、ディガーとフーラの間に盾に入りました。ディガーはインギの防衛をするりとかわして子馬に届くと、かみついたのです。
私達は最悪の事態が起ったことがわかりました。
驚いたフーラは逃げようとしましたが、そんなフーラをディガーは追いかけながら噛み付こうとします。それはどう見ても遊びのあま噛みには見えません。小さな子馬はいよいよ必死で逃げ始めました。必死に逃げてもしょせんフーラのスピードなどたかがしれています。母馬のインギが狂ったように嘶きながらフーラをディガーから守ろうとしますが、それを避けてディガーは小さなフーラに襲い掛かります。背中を噛まれてつまずき転んでひっくり返ったフーラ、今にも牡馬の蹄で踏みつぶされそうであるばかりか、フーラのお腹までディガーは噛み付きます。立ち上がろうとしても、また牡馬の攻撃に会い、また転んでしまいます。その騒動に興奮して、他の牝馬までが3頭が暴れている中に入ってきて暴れます。想像してみてください、生まれたばかりの小さな子馬が数倍の大きさの三頭の足元で転げまわる風景を。ディガーは子馬に攻撃を加えることに夢中で、母馬の防衛も、他の牝馬の飛び入りもまったく関係ありません。草食動物であるはずのディガーがまるで獲物を狩る補食者のように見えました。
私たちも暴れている彼らのところに駆けつけてなんとかフーラを助けようとしますが、なんせ、相手は馬です。私たちはホースウイスパラーでもなく、馬はホルターすらつけていない裸馬です。さんざん無力に彼らを追い回しました。子馬を守るために子馬に覆いかぶさったジュディにスタリオンが躊躇した瞬間、私はスタリオンにしがみつきました。首に手を回して抱きつくようにしたらディガーは動きを止めました。子馬が安全なところに非難できるまでスタリオンが動かないことを願って、私はただ「よしよし」言い続けました。その間にジュディーはお姉さんと一緒に子馬を柵の外に引き上げました。通常より小さかった仔馬でも50〜60キロはくだらなく、それを女性2人の手で柵の上まで持ち上げるのはたやすいことではありませんでした。
子馬のマシュマロのようだったお腹はディガーの噛み跡でところどころ毛がむしられ、出血しているところもありました。ぼこんと大きなコブもできていました。それでもなんとか助かりました。皆よかったよかったと胸をなでおろしました。

私の絵であのときの怖さは表現できませんが、子馬がサッカーボールのようでした。

さてこのとき学んだこと、「火事場のばか力」というのは存在しないということ。
目に入れても痛くないような愛しい子馬が殺されるかもしれないとしても、馬に追いつくことはできないし、走り続けることもできない、いつもの『ダッシュ限界25メートル』の持久力のない私のままでしかないということ。
驚かされたのは、母馬があれほど狂ったようになりながら決して人間には危害を加えなかったこと。馬のもっとも強力な攻撃法であるキック。その弱点は後ろ向きで、敵に背中を向けた状態でしかしかけられないということ。母馬は私たちがワラワラと取り囲む中、人間を避け、スタリオンに向けてのみ、後ろ脚を振り上げようとしていました。(やたらめったらにとび蹴りを放つわけではなく、お尻を動き回る敵の方向に合わせようとする。それにしても悲しいほどこの後ろ向きキックの効果がなかった)。スタリオンも同じく、邪魔する私たちに攻撃はしませんでしたし、実際私にかみつきも踏み倒しもしませんでした。